東久邇宮記念会の目的

 

当会は、故東久邇宮盛厚殿下と、創設者、豊澤豊雄の思想・哲学である

 

「大きな発明ばかりを尊ぶのではなく、小さな発明やアイデアも同じように尊ぶべきである。おいしいお味噌汁を考えて、みんなが喜んでくれるなら、その人も同じように尊ぶべきである。」

 

「発明には上下貴賎の別はない、みんな尊い。ノーベル賞を百とるより、国民一人一人が小発明をすることの方が大切だ。一億総発明運動を起こしたい。」

 

という理念を継承し、昭和38年に東久邇宮記念会を発足し、平成14年10月よりNPO法人発明知的財産研究会の事業となりました。

名誉会長 故豊澤豊雄の想い

東久邇殿下(右)と豊沢名誉会長(左)が初めてお会いした時の写真
東久邇殿下(右)と豊沢名誉会長(左)が初めてお会いした時の写真

終戦後の昭和21年、当時衆議院議員だった私は、発明振興の為、発明振興議員連盟をつくって幹事長になり、尽くしていた。
その時たまたま東久邇宮盛厚殿下にお目にかかった。

 

殿下の発明哲学は、

「発明には上下の別はない。ノーベル賞を100とるよりも国民一人一人の小発明が大切だ。旨いミソ汁を考えた人には『文化勲章』を与えたい。」という思想だった。私は痛く感激した。

この「文化勲章論」は、議員連盟75人の心を打った。

 

それから、殿下と私の二人三脚の運動が続いた。科学技術庁に社団法人発明学会を創ると、殿下はすぐ名誉総裁になってくれた。

すると、このミソ汁文化勲章論は全国の発明界に広まった。それが発明人口600万人に広めてくれた。そして、日本は発明世界一になり、貧乏国日本はやがて経済大国になり、各国から妬まれるほどになった。ミソ汁発明家もだんだん成長して、国家褒章の黄綬褒章や紫綬褒章を賜るようになった。

 

私でさえ、藍綬褒章を賜った。それを機会に、私は科学技術庁の中に褒章クラブを創った。この褒章クラブは科学技術庁長官が顧問、私が幹事長となり、35年も続き、科学技術庁公認の団体となった。当時、この褒章クラブの450人が言ったのが、

 

「勲章で最高なのが文化勲章である。それなら褒章で最高なのは文化褒賞でなくてはならぬ。それを我々が創って与えよう。」と創ったのが始まりで、その第一号は日刊工業新聞の白井十四雄社長である。

《各賞のご案内》

当会では、

毎年、4月18日「東久邇宮記念賞」11月3日「東久邇宮文化褒賞

の授与式を行っております。各賞についての概要は、下記の通りです。

大衆ノーベル賞「東久邇宮記念賞」

東久邇宮記念賞は、評議委員会によって選ばれます。
受賞の目安は、原則として次のいずれかに該当する人です。

①産業、特に発明活動に従事し、その振興に携わっていること。
②産業、特に発明活動における社会的評価を受けていること。
③人格的にも優れ、将来への展望を持ち、努力を怠らない者。

民間最高の褒賞「東久邇宮文化褒賞」

東久邇宮文化褒賞は、評議委員会によって選ばれます。
その受賞の目安は、原則として次のいすれかに該当する人です。。

①文化的活動(芸術、美術、音楽,医療、福祉等)に従事し、その振興に携わっていること。
②文化的活動における社会的評価を受けていること。
③人格的にも優れ、将来への展望を持ち、努力を怠らない者。

各賞の受賞推薦について

受賞には、東久邇宮記念会の役員及び会員からの推薦が必要です。


当会の指定する期限までに、推薦書をご提出いただきます。


その後、東久邇宮記念会幹事による評議委員会にて、推薦書に基づき審査を行い、受賞者の選定がおこなわれます。

 

評議委員会の結果、受賞資格を有すると判断された方には、東久邇宮記念会事務局より、受賞の決定のご案内を送付いたします。

 

【受賞者への豊沢豊雄翁の想い】

  

「私は、殿下より賞状を賜り、その日より、神棚の横に高く掲げ、毎日

 朝晩と手を合わせて御礼申し上げた。すると多くの方々の賛同、協力

 により、やることなすことがうまくいった。

 多少の問題も難なく切り抜けることができた。その恩恵を数えてみる

 と、手を合わせた数と不思議と一致した。

 縁あって、この賞状を受けたら、自分の部屋に飾るのもいいが、でき

 たら家族皆が集まるような誰もが見える場所に飾って欲しい。

 貴殿が社長なら社員が集まる場所でもいい。それが真の教育となる。

 すると、受賞者の一人が、賞状が一枚だけじゃ足りないから二枚三枚

 欲しいという。それならと、私は受賞者には、必要枚数の賞状を渡す

 ことにした。一部の人から反対もされたが、それこそ発明振興に携わ

 る者は常識に拘っていてはならぬと説得した」

 

「人は偉くなればなるほど孤独になり、そして誰からも褒められなくな

 る。そのような人を誉め称えるのがこの賞である」

 

「どんなに孤独で暗い夜道も、この賞は貴方を照らしている。そして、

 貴方自身の光が周りを照らし、この日本を光り輝かせることになる」 

 

「どのような賞も、その賞の価値は他人が決めるのではなく、受賞した

 本人が決めるものである。受賞の本当の価値は、受賞した本人が心か

 ら喜び感謝することにある。その心が貴方のこれからの人生をより豊

 かしてくれることだろう」

              (豊沢豊雄先生のことばより一部抜粋)

   

  豊澤豊雄先生は、殿下から受け取った賞状に有難いと手を合わせ

  続けて102歳でご逝去される前日までいつものように合掌され

  ていたということです。(ご家族談)

        (翌日2010年2月11日ご自宅にてご永眠されました)

 

  受賞者皆様の今後益々のご健康とご活躍を祈念しております。

                     (役員、事務局一同) 

 

【受賞後の注意点と取り消しについて】

東久邇宮記念賞・文化褒賞の両賞は、受賞規約に基づき個人に与えられる賞となります。商品やサービスまたビジネスに与えられる賞ではなく

またそれらを保証するものでもございません。一般消費者の誤解を招かれぬよう賞名表記等にはご留意いただきますようお願いいたします。

また、各賞受賞後、推薦内容の虚偽、受賞者の非社会的行為または法律違反等が判明した場合、当会の規約に基づき受賞の取り消しを受けることがあります。(東久邇宮記念受賞規約会則第6条)

 

《一般のお客様・消費者の皆様へ》

各種(商品/サービス/SNS等)お問い合わせにつきまして コチラ 

 

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※当会は、皇籍離脱後の東久邇宮盛厚殿下と豊澤豊雄名誉会長が設立した団体です。宮内庁や国の機関とは一切関係がございません。

※当会は民間の非営利団体です。(国や都からの補助金・支援等は一切ございません)当会は皆様のご協力やご支援(受賞費用のご負担、無償ボランティア活動、ご寄付等)により運営されております。

 

◯受賞者確認のお問い合わせにつきまして

当会の受賞者名簿等は「個人情報保護法」また、受賞者のプライバシー保護の為、公開・公表はしておりませんので予めご了承下さい。

(例外:公的機関等による取材や請求等、その他必要性を認めた場合)

 

東久邇宮記念会 各役員のご紹介

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